ライターをやめて、これから
2018年末よりライターとして参加していたWEBメディア「倉敷とことこ」を卒業という形で離れました。
たまたま岡山ブログカレッジに参加して、真備に住んでいる話をしたところ、真備に住んでるひとが真備のことを発信するのがいいという理由で声をかけていただきました。
倉敷とことこ - 「倉敷の今」を伝えるWEBメディア (kuratoco.com)
少しでも真備の今を伝えられたらと、再開した飲食店の紹介やインタビュー、復興イベントを取材し、WEBメディアの記事として書き続けてきました。
ただたまたま真備に住んでるだけなのに、ライターを名乗って執筆するには、未熟だと悩むときもあった。
でも伝えたい想いがあるから、自分らしく書いていこうと思っていました。
そして、西日本豪雨から約2年半。
まだ災害の爪痕は残っていて、「完全に復興した」とは言い切れません。
小田川の堤防工事はまだ続いており、仮設住宅に住んでいるかたも1200人います。(2021年2月現在)
災害前の真備には、戻りません。
でも、いい意味でも悪い意味でも、これからまた真備町は変わっていくのかなと思います。
新しいつながりを通してより真備のことや倉敷のことを知り、そして前より好きになった。
「災害があった真備町」に重点を置くのではなくて、「これからの真備町」を伝えていきたいと思うようになりました。このニュアンス難しいのですが…
真備に住んでいる私が伝えられることは、区切りがついたように感じることが増えてきて。あくまでも私の主観です。
もちろん、災害は風化させてはいけない。
ずっと語り続けていく必要があるように思います。
忘れては、決していけない。
新聞やメディアで広く大きく伝えることはもちろん大切です。
けど、メディアで大きく広げて伝えるのではなく、伝えたい人に伝わる形で、今後は伝えたいなと考えるようになってきて。
なので、メディアを離れました。
もともと2年、続けれたらいいなと思っていました。
もちろん、これからも「倉敷とことこ」は応援したいし、続けてほしいと思います。続けることはとても大変だと思うし、またいろいろ新しく変わっていくんだろうなと思いますが…
ここで残しておきたいのは、「倉敷とことこ」が嫌でやめたわけではないこと。
そして、応援してくれたかた、支えてくれたかた、そして取材をこころよく引き受けて対応してくれてお店のかた、読んでくれたかたに、感謝の気持ちでいっぱいということです。
ライターをやめることを取材したお店やくらとこメンバーに直接伝えたら、自分が思っていた以上に「残念、さみしい」と言われました。
私はてっきり、「あっそうなんだ」くらいの反応だと思っていたのです。
そこでようやく、「今までやってきたことは無駄じゃなかったんだな」と思いました。
私の自己満足なんかではなくて、少しでも、伝わってたでしょうか?
さみしい思いも残念だなという思いも、もちろん自分自身もあります。
もっとおかやまのことを広く知って、伝えたいという想いが強くなった。
このひとに話を聞きたい、それを好きなひとに伝えたい。小さな個人の単位として。
そして、最終的には真備のためになることに少しでも関われたらいいなと考えています。
以上、そんな感じ!
わけわかんないブログで、すみません!
今は、ライターではなくて、ブロガーとして、「キニナッタ」という個人のウェブマガジンサイトでコツコツ執筆中です。
そして、災害についてまた改めて今できることをしよう。
スマホなどの充電をきっちりするとか、ガソリンを満タンにいれるとか、非常食や水が賞味期限切れてないかとか、小さなところからコツコツしておこうと思います。